「さいたま市」の検索結果 (20件)

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さいたま市
さいたま市(さいたまし)は、埼玉県の南東部に位置する市。埼玉県の県庁所在地であり、人口は約135.7万人と県内最多である。政令指定都市の一つ。また、財政力指数は政令市の中では3番目である。 2001年5月1日に旧県庁所在地である浦和市(当時の人口約48万人)と、大宮市(同約45万人)、与野市(同約8万人)が合併して誕生し、2005年4月1日には岩槻市(同約10万人)を編入した。政令指定都市のうち、第二次世界大戦後に合併によって誕生した基礎自治体は当市と福岡県北九州市、静岡県静岡市のみ。 都市雇用圏における東京都市圏の中心都市の一つであり、10区の行政区を持つ。県内唯一の人口百万人都市でもあり、日本の市で9番目の人口を有しており、21県の総人口を上回っている。
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上尾市・さいたま市合併構想
上尾市(あげおし)は、埼玉県の中東部の県央地域に位置する市。 人口は約23万人であり、草加市に次いで県内7位の推計人口を有する。1958年(昭和33年)市制施行。
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中央区_(さいたま市)
中央区(ちゅうおうく)は、埼玉県さいたま市を構成する10区のうちの一つ。概ね市の中央部に位置し、旧与野市域にさいたま新都心西側の一部が加わった区域で構成される。交通の利便性が高く住みやすい住環境のもとで、さいたま新都心や彩の国さいたま芸術劇場などを生かしたまちづくりが進められている。 埼玉県庁やさいたま市役所、新幹線停車駅である大宮駅などのさいたま市の都市機能は概ね旧浦和市と旧大宮市の中心部が含まれる浦和区と大宮区に集中しているため「中央区」という名称ではあるものの、東京都中央区や大阪市中央区などとは異なり、さいたま新都心の一部を除いて区内にはさいたま市の中心市街地はほとんど含まれない。
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久伊豆神社 (さいたま市岩槻区真福寺)
久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)は、埼玉県さいたま市岩槻区の神社。 創建年代は不明である。ただ江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』には掲載されていることから、少なくとも江戸時代後期には既に存在していたものと推測される。同市同区の正蔵院が別当寺であった。 ちなみに当社の所在地「真福寺」という地名は、かつて「真福寺」という寺があったことに由来する。既に廃寺となっており、その跡地も不明である。 1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられた。 路線バス城南小学校入口停留所より徒歩7分。 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年 「真福寺村」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ202埼玉郡ノ4、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:764007/100。
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仲町 (さいたま市大宮区)
仲町(なかちょう)は、埼玉県さいたま市大宮区の町名。現行行政地名は仲町一丁目から仲町三丁目。住居表示未実施地区。郵便番号は330-0845。
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北野天満神社_ (さいたま市)
北野天満神社(きたのてんまんじんじゃ)は、埼玉県さいたま市岩槻区の神社。 創建年代は不明である。ただ江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』には掲載されていることから、少なくとも江戸時代後期には既に存在していたものと推測される。周辺の18軒の旧家によって祀られていたという。 1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられたが、1911年(明治44年)の火災で焼失した。とりあえず仮宮を建てたが、昭和40年代より社殿再興の機運が高まり、1972年(昭和47年)に改めて北野天満宮から分霊を勧請し再建された。 路線バス本宿停留所より徒歩7分。 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年 「本宿村 天神社」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ201埼玉郡ノ3、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:764007/72。
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大円寺_ (さいたま市)
大圓寺(だいえんじ)は、埼玉県さいたま市見沼区にある曹洞宗の寺院。 太田資高、または子の康資の妻陽光院の開基である。両者の在世年代から戦国時代後期以降に創建されたものと推測される。 陽光院は当寺に参拝する際に、太田道灌の位牌に茶をたてたという。その時に用いられた茶釜「古天明霰釜(こてんみょうあられがま)」が残されており、さいたま市の文化財に指定されている。 明治初期、当寺に風渡野学校(現・さいたま市立七里小学校)が置かれていた。初代校長(大教授心得)は、後に内閣総理大臣となる清浦奎吾である。 大圓寺古天明霰釜(さいたま市指定有形文化財 昭和36年1月19日指定) 大圓寺木造聖観音菩薩坐像(さいたま市指定有形文化財 平成7年4月3日指定) 七里駅より徒歩3分。 サンケイリビング 編『埼玉ふるさと散歩(大宮市)』さきたま出版会、1980年 「風渡野村 大園寺」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ145足
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宮町_ (さいたま市岩槻区)
宮町(みやちょう)は、埼玉県さいたま市岩槻区の町丁。現行行政地名は宮町一丁目および宮町二丁目。住居表示実施地区。郵便番号は339-0065。
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寺山_ (さいたま市)
寺山(てらやま)は、埼玉県さいたま市緑区の大字。郵便番号は336-0976。
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島根_(さいたま市)
島根(しまね)は、埼玉県さいたま市西区の大字。郵便番号は331-0054。 さいたま市西区、旧大宮市域の南西の沖積平野(荒川低地)に位置する。地区の北東部に古入間川の自然堤防がある。また地区の東境を鴨川が南北に流下し、島根橋が架けられている。地区の東側を桜区白鍬、南側を桜区在家、西側を桜区および西区の昭和、北側を三条町や植田谷本と接する。北東部は大宮区三橋四丁目とも僅かに接する。周囲に鉄道駅はなく、大宮駅にはバスで30分程度かかるため、開発はあまり行われておらず、人口の集まる地区の東部も農地と古くからの住居がまばらにある。 地区西部の荒川堤防付近の大久保条里の面影を残す地区は人家もなく、整然と耕地整理された田圃が広がっている。 東、道下、宮前、後、前、西、渋の谷、八貫野 もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡植田谷領に属する島根村で、古くは水判土荘に属していたと云われている。さらに古くは室町
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島町 (さいたま市)
島町(しまちょう)は、埼玉県さいたま市見沼区の町名。現行行政地名は島町一丁目・島町二丁目および島町。住居表示未実施地区。郵便番号は337-0006。本項では、島町の前身で現在も残存する大字島(しま)と、その前身である島村(しまむら)についても述べる。
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日進町_ (さいたま市)
日進町(にっしんちょう)は、埼玉県さいたま市北区の町名。現行行政地名は日進町一丁目から日進町三丁目。住居表示未実施地区。郵便番号は331-0823。本項では、日進町の前身で現在も残存する大字上加(かみか)および大字西谷(にしや)と、それらの前身である加村(かむら)および西谷村(にしやむら)についても述べる。
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本町東_(さいたま市)
本町東(ほんまちひがし)は、埼玉県さいたま市中央区の町名。現行行政地名は本町東一丁目から本町東七丁目である。与野本町駅が位置する。郵便番号は338-0003。
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正法院 (さいたま市)
正法院(しょうほういん)は、埼玉県さいたま市見沼区にある真言宗智山派の寺院。 創建年代は不明である。文化年間(1804年 - 1818年)と嘉永年間(1848年 - 1854年)の火災で、記録が散逸してしまったため、詳細な歴史は不明となっている。1970年(昭和45年)にも火災に遭っている。埼玉県の文化財に指定されている円空作の仏像は火災の難を逃れており、現在は埼玉県立歴史と民俗の博物館に貸し出されている。 桶川市の明星院の末寺である。また、当寺には当地を所領とする旗本青木氏歴代の墓がある。 円空作木造薬師如来立像(埼玉県指定有形文化財 平成6年3月16日指定) 円空作木造十二神将立像(埼玉県指定有形文化財 平成6年3月16日指定) 旗本青木高頼一族の墓及び宝篋印塔(さいたま市指定史跡 平成12年4月3日指定) 路線バス南中野停留所より徒歩1分。 埼玉県佛教会 監修『埼玉のお寺 埼玉県寺院
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氷川社 (さいたま市西区指扇)
氷川社(ひかわしゃ)は、埼玉県さいたま市西区の神社。指扇氷川神社ともいう。 景行天皇の御代(71年 - 130年)に創建されたと伝えられる。日本武尊が東征の途上、当地において須佐之男命を祀ったのが起源という。また現存しないが、「延文六年(1361年)」の銘が入った石塔があったということから、少なくとも室町時代初期には既に存在したものと推測される。 「神宮寺」が別当寺であった。神宮寺は、もと「神宮司」といい、796年(延暦15年)に設置され、885年(仁和元年)に「神宮寺」に改称、寺院化した。しかし、弘化年間(1844年 - 1848年)に火災で焼失、そのまま廃寺となった。 明治初期、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1907年(明治40年)の神社合祀により、周辺の8社が合祀された。 指扇駅より徒歩13分。 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1
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氷川神社 (さいたま市大宮区三橋)
氷川神社(ひかわじんじゃ)は、埼玉県さいたま市大宮区の神社。 創建年代は不明である。ただ別当寺だった「万福寺」が1685年(貞享2年)寂の隆秀によって開山されたことから、その頃には既に存在していたものと推測される。万福寺は天台宗の寺院であったが、明治初期の神仏分離により、廃寺に追い込まれた。 1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1907年(明治40年)の神社合祀により、周辺の13神社が合祀された。 大宮駅より徒歩26分。 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年
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浄国寺_(さいたま市)
浄国寺(じょうこくじ)は、埼玉県さいたま市岩槻区にある浄土宗の寺院である。山号は仏眼山。院号は英隆院。本尊は阿弥陀如来。
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白山神社_(さいたま市岩槻区)
白山神社(はくさんじんじゃ)は、埼玉県さいたま市岩槻区の神社。 創建年代は不明である。江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』にも掲載されていない。ただ昔から木曽良村の鎮守とされており、1872年(明治5年)に、この実績が評価され近代社格制度に基づく「村社」に列せられた。 元々は現在地の北東に位置していたが、昭和後期の東急団地造成のため、現在地に移転した。旧所在地は田んぼの中の丘に位置し、鎮守の森に囲まれていたという。 路線バス富士見町停留所より徒歩2分。 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年
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蓮沼 (さいたま市)
蓮沼(はすぬま)は、埼玉県さいたま市見沼区の大字。本項では、かつて同地域に存在した北足立郡猿ヶ谷戸村(さるがやとむら)についても記す。
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飯塚 (さいたま市)
飯塚(いいづか)は、埼玉県さいたま市岩槻区の大字。郵便番号は339-0031。 さいたま市岩槻区東部の、大宮台地(岩槻支台)の舌状台地上や谷戸が入り組む地域に位置している。東の境界を元荒川が流れ、地区内を黒谷川や飯塚排水路などが流れる。地区の東側で大字大野島や大字大谷に、南側で大字大戸や大字末田に、西側で大字南下新井や城南に、北側で府内や大字村国に隣接する。大字村国の中に飯塚の飛地が2つ存在し、そのうち1つは岩槻文化公園内にある。また、埼玉県道48号線沿いに大字村国の四角形の飛地が4つ存在する。 地内の全域が市街化調整区域である。地区の北部や西部の台地上は住宅地と農地(畑)が混在する地域で、地区の東部や南部の沖積平野は県道沿いに民家や施設も見られるが、主に水田地帯である。 もとは江戸期より存在した武蔵国埼玉郡岩槻領に属する飯塚村、古くは南北朝期より見出せる飯塚であった。 初めは岩槻藩領、1
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