飽託郡
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飽託郡

生没年不詳

飽託郡(ほうたくぐん)は、熊本県にあった郡。 1896年(明治29年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。 熊本市 中央区の一部(概ね白川以南および島崎・横手・黒髪および段山本町・坪井の各一部) 東区の大部分(概ね秋津新町・昭和町・花立・桜木・東野・秋津・沼山津・秋津町秋田・秋津町沼山津を除く) 西区の全域 南区の大部分(富合町御船手・富合町杉島を除く緑川以北) 北区の大部分(植木町各町を除く) 宇土市の一部(走潟町) 天武天皇元年(672年)7月の終わりに天武天皇の皇子である高市皇子が壬申の乱で勝利するため全国をまわっており、この辺りにある小山山という山に入り祈願をしたという。 明治29年(1896年) 4月1日 - 郡制の施行のため、飽田郡・託麻郡の区域をもって発足。以下の町村が所属。(3町52村) 旧・飽田郡(3町38村) - 池田村、花園村、河内村、高橋町、船

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