鎮台
さんの情報は

生没年不詳

鎮台(ちんだい、旧字体: 鎭臺)は、 1868年(慶応4年1月)から戊辰戦争の経過によって新政府が大和、大坂、兵庫、佐渡の地方に鎮撫総督として置いたもので、鎮台は内国事務総督が督すとしていた。大和鎮台は翌月に廃止され大和鎮撫総督に、また大坂鎮台・兵庫鎮台なども裁判所と改められた。 1868年(慶応4年5月)の上野戦争の後、新政府が既に設置していた江戸府とは別に江戸に置いたもの 。同年7月8日(5月19日)に東征大総督の有栖川宮熾仁親王を江戸鎮台とし、翌日にその役所を江戸城西の丸に設けてこれを鎮台府(ちんだいふ)と称し、駿河以東13か国を管轄した。同年(7月)に鎮将府(ちんしょうふ)と改称された 。これが鎮台の権輿になる。 1871年(明治4年)から1888年(明治21年)まで置かれた日本陸軍の編成単位である。常設されるものとしては最大の部隊単位であった。兵制としては御親兵の後を継ぐもので、

※Wikipediaの情報から機械的に算出しています。
情報の正確性を保証するものではありません。

Wikipediaのカテゴリー

鎮台」を
Wikipediaで調べる

「鎮台」さんについての
一言コメント

まだコメントはありません。