相羽城
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生没年不詳
相羽城(あいばじょう)は、美濃国大野郡(岐阜県揖斐郡)にあった中世の日本の城(平城)。根尾川と三水川の間、旧・名鉄揖斐線相羽駅の近くに位置する。遺構はほとんどないが、本丸跡には神社があり、堀跡とみられる北東の池付近から遺物が出土している。 『新撰美濃志』によれば、土岐光行の子の光俊が饗庭姓を名乗って建暦・建保頃に築城したが、承久の乱で戦死したという。その孫の国頼などが城主となった後に一度廃城となるが、天文年間に垂井城の長屋景興が修築・移住し、土岐頼芸に仕えた。天文14年(1545年)に斎藤道三に攻められて落城し、後に鷹司氏が城主となるも天文18年(1549年)に織田信秀に攻められ、やがて廃城となった。
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|---|---|
| 別名 | 特になし |
| 城郭構造 | 平城 |
| 築城主 | 饗庭光俊 |
| 築城年 | 建暦・建保頃 |
| 主な改修者 | 鷹司氏 |
| 主な城主 | 饗庭氏(相羽氏)、鷹司氏 |
| 廃城年 | 不明 |
| 指定文化財 | 大野町指定史跡 |
| 位置 | 北緯35度27分11.9秒 東経136度38分24.6秒 / 北緯35.453306度 東経136.640167度 |
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