津山藩
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津山藩

生没年不詳

津山藩(つやまはん)は、美作国に1603年(慶長8年)から1871年(明治4年)まで存在した藩。森蘭丸の弟であった森忠政が初代藩主をつとめ、以降は森家、次いで津山松平家が藩主を歴任した。森家は外様大名、津山松平家は親藩である。藩庁は津山城(現在の岡山県津山市)に置いた。江戸幕府公認の石高は、幕末の時点で10万石である。 津山藩の歴史は、慶長8年(1603年)に森忠政が、小早川秀秋改易後に幕府領になっていた美作国を領したことに始まる。当時の津山藩は、美作国全域を領域とし、18万6500石の石高であった。森忠政の死後は、3代の藩主が続き、支藩として津山新田藩1万5000石と宮川藩1万8700石が創設されている。4代目藩主森長成の死後、森衆利が後継ぎとなったものの発狂し、森家は改易となった。短期間の幕府領時代を経て、越後騒動を起こし改易となっていた松平光長の養子松平宣富が10万石で入封した。跡を

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津山藩
津山城古写真(撮影:松平国忠
立藩年 慶長8年(1603年
初代藩主 森忠政
廃藩年 明治4年(1871年
最終藩主 松平慶倫
美作国
居城 津山城

森家
石高 18万6500石
種類 外様大名
江戸城控間 不明

津山松平家
石高 10万石→5万石→10万石
種類 親藩大名
江戸城控間 大広間(安永2年)
大廊下(天保14年)
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