民主自由党_(日本)
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生没年不詳
民主自由党(みんしゅじゆうとう)は、日本の政党。略称は民自党。 1948年当時、戦前からの保守二大政党の系譜を引くのは、日本自由党と民主党であったが、民主党はハングパーラメントの状況下で、革新主義の日本社会党と連立(片山内閣→芦田内閣)を組んで社会主義政策を進めており、党内右派にはこれに反対する議員が多くいた。彼らは民主党を脱党して同志クラブ→民主クラブを結成しており、1948年3月15日、日本自由党と民主クラブが対等合併する形で、「民主自由党」が結党された。 1948年10月、芦田内閣が総辞職すると革新政権は崩壊し、民自党の単独与党として第2次吉田内閣が発足。1949年1月21日、第24回衆議院議員総選挙で民自党は大勝して単独過半数を獲得し、権力基盤を盤石にする。野党に転落した民主党は、民自党との保守合同を志す者(連立派)と、中道野党の国民協同党との合同を志す者(野党派)との間で分裂、1
| 民主自由党 | |
|---|---|
| 成立年月日 | 1948年3月15日 |
| 前身政党 |
同志クラブ (民主党幣原派) 日本自由党 |
| 解散年月日 | 1950年3月1日 |
| 解散理由 |
民主党連立派との合同 党名改称 |
| 後継政党 | 自由党 |
| 政治的思想・立場 | 保守主義 |
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