松前藩
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松前藩

生没年不詳

松前藩(まつまえはん)は、松前島(夷島)松前(渡島国津軽郡を経て現在の北海道松前郡松前町)に居所を置いた藩である。藩主は江戸時代を通じて松前家であった。後に城主となり同所に松前福山城を築く。居城の名から福山藩とも呼ばれる。慶応4年(1868年)、居城を領内の檜山郡厚沢部町の館城に移し、明治期には館藩と称した。家格は外様大名の1万石格、幕末に3万石格となった。 江戸時代初期の領地は、現在の北海道南西部、渡島半島の和人地に限られた。残る北海道にあたる蝦夷地は、しだいに松前藩が支配を強めて藩領化した。藩と藩士の財政基盤は蝦夷地のアイヌとの交易独占にあり、農業を基盤にした幕藩体制の統治原則にあてはまらない例外的な存在であった。江戸時代後期以降はしばしば幕府による蝦夷地幕領化が行われた。

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松前藩/館藩
立藩年 慶長4年(1599年
初代藩主 松前慶広
廃藩年 明治4年7月14日
1871年8月29日
最終藩主 松前修広
渡島国陸奥国岩代国羽前国
居城 福山館松前城館城

松前家

石高 1万石 → 3万石
種類 外様大名
格式 国主
江戸城控間 柳間
極位極官 従五位下
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