李実
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生没年不詳
李 実(り じつ、生没年不詳)は、唐の皇族。嗣道王。 宗正寺卿・嗣道王李錬(東安郡公李詢の子の嗣道王李微の子)の子として生まれた。道王李元慶の玄孫にあたる。蔭官により出仕し、六度異動して潭州司馬となった。江西節度使・嗣曹王李皋に召し出されて判官となり、蘄州刺史に転じた。李皋が山南東道節度使となると、李実は節度判官・検校太子賓客・員外郎に任用された。貞元8年(792年)、李皋が死去し、新たな節度使が着任しなかったことから、李実は知留後をつとめた。軍士への衣食の給与が少なかったため、軍士は李実に恨みを抱き、李実を謀殺しようとした。李実は夜間に城壁を縄で伝って脱出した。長安を訪れると、司農寺少卿に任じられた。のちに検校工部尚書・司農寺卿を加えられた。 貞元19年(803年)、李実は司農寺卿を兼ねたまま、京兆尹となった。ほどなく嗣道王に封じられた。貞元20年(804年)、旱魃が起こり、関中は凶作と
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