朱雀門
さんの情報は
生没年不詳
朱雀門(すざくもん)は、古代、平城京や平安京といった条坊都市の宮城(大内裏)において南面する正門。大内裏の外郭十二門のうち最も重要な門であった。「しゅじゃくもん」ともいう。 唐の条坊制を模範に造営された古代都城では、中央北辺に宮殿、官衙からなる宮城が置かれた。平城京では平城宮、平安京では平安宮などといい、大内裏とも呼ばれた。大内裏には四方に12の門が備えられ、各々有力氏族の姓が付与されていた。南門は「天子南面す」というように、皇宮より京師を睥睨(へいげい)する最も重要な門であり、朝廷の有力氏族、大伴氏の姓が付けられ「大伴門」と呼ばれていた。和銅7年(714年)、これを漢風に改め、四神において南方を守護するとされる朱雀の名を冠したものとした。朱雀門から都城正門の羅城門に続く大路を朱雀大路といい、現在の千本通に相当する。 長岡京や平安京でも同じ名を冠した門を宮城正門とし、朝廷の正庁たる朝堂院の
※Wikipediaの情報から機械的に算出しています。
情報の正確性を保証するものではありません。
「朱雀門」をWikipediaのカテゴリー
Wikipediaで調べる
「朱雀門」さんについての
一言コメント
まだコメントはありません。