小野成綱
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生没年不詳
小野 成綱(おの なりつな)は、平安時代後期から鎌倉時代初期の武将。横山党。 治承・寿永の乱で戦功を挙げ、西国に所領を得る。阿波麻殖保の地頭職の時、文治4年(1188年)3月、保司平康頼から年貢の抑留を訴えられた。同5年、奥州合戦に加わったのち、鎌倉で随兵や流鏑馬の的立役などを務めた。建久5年(1194年)源頼朝の上洛に従ったのち、その帰路で尾張国守護として萱津宿で雑事を務めた。『吾妻鏡』の建暦元年(1211年)6月21日の記述「故野三刑部丞成綱」からそれ以前に死去していることが分かる。 安田元久 編『鎌倉・室町人名事典』新人物往来社、1985年。ISBN 4404013027。 上田正昭ほか 監修『講談社日本人名大辞典』講談社、2001年。ISBN 4062108496。 阿部猛『日本古代人名辞典』東京堂出版、2009年。ISBN 4490107617。
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