大内氏
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生没年不詳

大内氏(おおうちし、おほちし、おおうちうじ)は、日本の氏族・名字の一つ。 本姓は多々良氏。姓(カバネ)ははじめ宿禰のちに朝臣を名乗った。百済の聖王(聖明王)の第3王子の後裔と称する。周防国府の権介を世襲した在庁官人から守護大名へと成長し、周防・長門、石見、豊前、筑前各国の守護職に補任されたほか、最盛期の大内義隆の代には山陽・山陰と北九州の6か国を実効支配した。家紋は「大内菱」。 中世後期以降の大内氏の主張では、推古朝の時代に百済の聖明王の第3子琳聖太子が日本に移住し聖徳太子より多々良姓を賜ったのに始まるとしている。 1399年(応永6年)、大内義弘は朝鮮王朝に対して、「我、足百済ノ後ナリ、吾ノ世系ト吾ガ姓トヲ知ラズ、百済ノ土田ヲ請ウ」として、自身の家系を示すものを要求した。朝鮮側は、大内氏の始祖は百済の始祖である温祚王であると回答している。また、『高麗史』ではこの20年ほど前に、義弘が先祖
大内氏
家紋
大内菱おおうちひし
本姓 多々良朝臣
家祖 多々良正恒
種別 武家
出身地 周防国大内村
主な根拠地 周防国
長門国
石見国
豊前国
筑前国
著名な人物 大内義弘
大内政弘
大内義興
大内義隆
支流、分家 山口氏武家子爵
鷲頭氏(武家)
右田氏(武家)
問田氏(武家)
冷泉氏(武家)
宇野氏(武家)
吉敷氏(武家)
黒川氏(武家)
矢田氏(武家)
末武氏(武家) など
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