堀越公方
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生没年不詳

堀越公方(ほりごえくぼう / ほりこしくぼう)は、室町幕府の出先機関で、関東と周辺国の12か国を統治する鎌倉府の長官である鎌倉公方の後身のひとつ。 享徳の乱で鎌倉公方と室町幕府が支持する関東管領が対立すると、鎌倉公方の足利成氏は利根川・渡良瀬川沿いで当時北関東の交通の要衝として栄えていた下総国古河へ移動し、古河公方として関東を統治する意思を見せた。幕府はそれを認めず、足利政知を新たな鎌倉公方として関東に送り込んだが、政知は幕府から実権を与えられておらず、関東の諸侯に命令を出せない状態で安全に鎌倉に入ることが出来なかった。その勢力はほぼ伊豆国のみに限定され、伊豆国堀越(静岡県伊豆の国市寺家)を本拠地としたことから、堀越公方と呼ばれることとなった。

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